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★C&C(カナディアン・クラブウィスキー)といえば
27歳でシカゴを牛耳り暗黒街の帝王
夜の大統領ともいわれた。アル・カポネが
1920年から20年間続いたアメリカ禁酒法時代
に密輸して大儲けした酒でも知られる。
★カポネの掟、血の結束は固く裏切り者は死あるのみ!
特に敵対していた一味の皆殺し
1929年2月14日の「聖バレンタインの大虐殺」は名高い。
★カポネは、生涯400人の殺害に関与し内40人は自らの
手で葬り去ったといわれる。
あるバーでカポネの悪口を言った男をカポネは射殺する。
そして殺人犯として指名手配される、1ヶ月後に自ら
警察に出頭するが捕まることはなく生涯一度も
殺人罪で逮捕されることはなかった。
これは、シカゴ警察に300万ドル(今の30億円)のワイロ
を贈っていたからだ。また、市長や州知事をも買収して
州まるごとお金で支配していた。従って
誰も捕らえることができなかったのだ。
しかし、悪の栄えた例なしの言葉の如く
★エリオット・ネスに率いるアンタッチャブルによつて
脱税容疑で摘発され、懲役11年の判決を言い渡され
通称Theロックといわれた岸壁の孤島で
脱獄不可能という アルカトラズ
刑務所に送監される。
収容登録ナンバ-「26901」ここで悪運尽き果てる。
所内での作業は風呂場の掃除担当だったので
モップを持つたイタリア野郎と呼ばれた、また、囚人達の
ストライキや暴動に加わらなかったために恨みを買って
はさみで背中を突き刺されたこともあったという。
1938年2月には情婦から移された梅毒が第三期まで
進行して病に倒れた。記憶も曖昧で
言うことも支離滅裂になり神経中枢が侵されて
失意のうち1947年1月25日に48歳で死亡する。
★イリノイ州セント.チャールズにはカポネが密造酒を卸して
いた酒場「アル・カポネズハイドアウェイ&ステーキハウス」
が(2004/12/25)現存する。
そんな歴史の中を流れてきたカナディアンウイスキ-に
思いを
巡らしショットグラスでグイッと一杯!
いかがでやすかイヒヒ…。
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